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歌よみに与ふる書
![]() | 歌よみに与ふる書 (岩波文庫) (1983/01) 正岡 子規 商品詳細を見る |
「仰の如く近来和歌は一向に振ひ不申候。正直に申し候へば万葉以来実朝以来一向に振ひ不申候。」
「貫之は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候。」
19世紀ヨーロッパで流行した哲学・芸術のリアリズム運動は、明治の日本の文学史にも大きな影響を与えました。それまで与謝野鉄幹−晶子に代表されるロマン主義が主流の短歌界に、正岡子規は、写実主義を「写生」の精神として持ちこみ、短歌の革新をこころみました。
万葉集を短歌の至宝とし、実景、実情を詠むべきとした子規の態度は首尾一貫していて、子規にいわく「腐敗」している当時の歌壇を、歯に衣着せぬいい方で批判しています。
伝統的な和歌を真っ向から否定したその内容とともに、このはっきりとした物言いは、当時の新聞読者から多くの反論があったようです。しかしその都度子規は、短歌革新の重要性を解き、見事に論破しています。それほどまでに強硬な態度でおしとおさなければ、1000年にも及ぶ古今集の伝統というもの脱却できなかったのではないかとも思いました。ユーモラスなたとえや言葉遣いは子規独特のものです。現代の私が読んでも純粋に面白かったです。ましてその時代、大衆の興味を煽るのに適したセンセーショナルな記事であったのではないでしょうか。
その1000年に及ぶ伝統の中で、子規の否定したものをあげてみます。
ことば遊びの歌、題詠、歌枕、掛詞、縁語、四季の歌、梅蝶菊などの日本的な季語、それら季語に頼ったために起こる用語の少なさ、理屈を呼ぶ句法、弱々しさ、なだらかな調、優美さのみを至高とする態度、古今集からの模倣性。総じて、観念的な歌や、理屈っぽい歌に嫌悪感を抱いていたようです。古今和歌集 巻第一 春歌上の1「年の内に春は来にけり」で始まる歌を、だじゃれにもならないつまらぬ歌として辛らつに批判しているのは有名です。
一方で、古今集の編纂者紀貫之に関しては、自分と同じく短歌の改革者としては認めています。古今集が成立した時代、漢詩文偏重の時代において、独自の短歌の様とスタイルを作り出していったことは、歴史的には認めざるをえなかったようです。古今集と紀貫之が悪いのではなく、そこから100年も1000年も脱却できない歌壇が悪いということを批判したかったのでしょう。
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