2008年度

■夏休みに読んだ本(8/1〜9/20)

「豊臣秀吉(四) ―異本太閤記―」 山岡荘八
「豊臣秀吉(五) ―異本太閤記―」 山岡荘八
「時が滲む朝」 楊逸 (第139回芥川賞)
「右目を失って見えてきたもの」 ピーコ
「あたらしい憲法のはなし」


■春学期に読んだ本(4月初旬〜7月下旬)
下に行くほど最新

「沈黙」 遠藤周作
「誰か故郷を想はざる」 寺山修司
「雪国」 川端康成
「豊臣秀吉 ―ぞうりとりから戦国の英雄に 」 岡田章雄
「豊臣秀吉(一) ―異本太閤記―」 山岡荘八
「豊臣秀吉(二) ―異本太閤記―」 山岡荘八
「豊臣秀吉(三) ―異本太閤記―」 山岡荘八
「日本の昔話」 柳田國男
「楽しい古事記」 阿刀田高
「新・世界の七不思議」 鯨統一郎
「宮崎アニメの暗号」 青井 汎
「映画道楽」 鈴木敏夫
「もう一度学びたい世界の名画」
「川柳うきよ鏡」 小沢昭一
「書く力で子どもを伸ばす」 樋口裕一
「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」 井上ひさしほか(再読)
「天地人」上下 火坂雅志
「戦国の合戦」 小和田哲男
「飛ぶ教室」 エーリッヒ・ケストナー(山口四郎訳)
「きよしこ」 重松清
「トワイライト」 重松清
「鬱の力」 五木寛之・香山リカ
「礼儀作法入門」 山口瞳
「少年H」上・下 妹尾河童
「頭がよくなる必殺! 読書術」 齋藤 孝
「ジーキル博士とハイド氏」 スティーブンソン(海保真夫訳)
「チョコレート戦争」 大石真
「ニート」 絲山秋子
「南洋・樺太の日本文学」 川村湊
「アオザイの女房」 近藤ナウ
「2001年宇宙の旅講義」 巽孝之
「ニーチェ入門」 竹田青嗣
「ロボット21世紀」 瀬名秀明
「歌よみに与ふる書」 正岡子規
「短歌学入門」 辰巳正明


太宰関係
「太宰治」 細谷博
「漱石・芥川・太宰と聖書」 奥山実
「太宰治に聞く」 井上ひさし・こまつ座
「小説太宰治」 檀一雄
「太宰治」 奥野健男 5/11更新
『斜陽』についての主要作品論・同時代評 5/7更新

雑誌
芸術新潮 六月号(横尾忠則) 七月号(ゴヤ)
文藝春秋 七月号 八月号 九月号
季刊夏号 季刊秋号
超左翼マガジン ロスジェネ 創刊号

■春休みに読んだ本(3月〜4月初旬)

「サウスバウンド」上・下   奥田英朗
「限りなく透明に近いブルー」  村上龍
「ノルウェイの森」上・下  村上春樹
「送り火」  重松清
「流星ワゴン」 重松清
「悪魔のいる天国」 星新一
「むかしのはなし」  三浦しをん
「西の魔女が死んだ」 梨木香歩
「坊っちゃん殺人事件」 内田康夫
「津軽」  太宰治
「桜の園・三人姉妹」 チェホフ
「死者の奢り・飼育」 大江健三郎
「家出のすすめ」 寺山修司
「聖書が面白いほどわかる本」  鹿嶋春平太
「旧約聖書を知っていますか」  阿刀田高
「新約聖書を知っていますか」  阿刀田高
「ギリシア神話を知っていますか」 阿刀田高
「サロメの乳母の話」 塩野七生
「徳川家康」 松本清張
「邪馬台国はどこですか?」 鯨統一郎(創元推理文庫)
「最強の勉強法」 吉田たかよし


〜全集(一部文庫)より〜

■大江健三郎
「奇妙な仕事」
「死者の奢り」
「他人の足」
「飼育」
「人間の羊」
「不意の唖」
「戦いの今日」
「セブンティーン」
「芽むしり 仔撃ち」
「個人的な体験」
「鳩」
「ここより他の場所」
「共同生活」

■その他
「李陵」 中島敦
「夫婦」 中島敦
「盈虚(えいきょ)」 中島敦

「檸檬」 梶井基次郎
「桜の樹の下には」 梶井基次郎

「妙の宮」 泉鏡花
「夜間巡査」 泉鏡花
*泉鏡花評伝的解説等
*新潮日本文学アルバム22 泉鏡花


「セメント樽の中の手紙」 葉山嘉樹

■リンク
 → 高校生までに読んだ本一覧
 → 詩歌一覧(準備中)

正岡子規 新潮日本文学アルバム

正岡子規  新潮日本文学アルバム〈21〉正岡子規 新潮日本文学アルバム〈21〉
(1986/01)
不明

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司馬遼太郎の解説が面白かったです。

愛され子規。

短歌学入門

短歌学入門―万葉集から始まる“短歌革新”の歴史短歌学入門―万葉集から始まる“短歌革新”の歴史
(2005/10)
辰巳 正明

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何故この表紙なのかちょっと不思議ですが、とても参考になった入門書です。
初心者にもわかりやすい、平易な文章でGOOD。
万葉の時代から現代短歌にいたるまで、勉強になりました。

歌よみに与ふる書

歌よみに与ふる書 (岩波文庫)歌よみに与ふる書 (岩波文庫)
(1983/01)
正岡 子規

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「仰の如く近来和歌は一向に振ひ不申候。正直に申し候へば万葉以来実朝以来一向に振ひ不申候。」

「貫之は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候。」
 

 19世紀ヨーロッパで流行した哲学・芸術のリアリズム運動は、明治の日本の文学史にも大きな影響を与えました。それまで与謝野鉄幹−晶子に代表されるロマン主義が主流の短歌界に、正岡子規は、写実主義を「写生」の精神として持ちこみ、短歌の革新をこころみました。
万葉集を短歌の至宝とし、実景、実情を詠むべきとした子規の態度は首尾一貫していて、子規にいわく「腐敗」している当時の歌壇を、歯に衣着せぬいい方で批判しています。
 伝統的な和歌を真っ向から否定したその内容とともに、このはっきりとした物言いは、当時の新聞読者から多くの反論があったようです。しかしその都度子規は、短歌革新の重要性を解き、見事に論破しています。それほどまでに強硬な態度でおしとおさなければ、1000年にも及ぶ古今集の伝統というもの脱却できなかったのではないかとも思いました。ユーモラスなたとえや言葉遣いは子規独特のものです。現代の私が読んでも純粋に面白かったです。ましてその時代、大衆の興味を煽るのに適したセンセーショナルな記事であったのではないでしょうか。

 その1000年に及ぶ伝統の中で、子規の否定したものをあげてみます。
ことば遊びの歌、題詠、歌枕、掛詞、縁語、四季の歌、梅蝶菊などの日本的な季語、それら季語に頼ったために起こる用語の少なさ、理屈を呼ぶ句法、弱々しさ、なだらかな調、優美さのみを至高とする態度、古今集からの模倣性。総じて、観念的な歌や、理屈っぽい歌に嫌悪感を抱いていたようです。古今和歌集 巻第一 春歌上の1「年の内に春は来にけり」で始まる歌を、だじゃれにもならないつまらぬ歌として辛らつに批判しているのは有名です。
 一方で、古今集の編纂者紀貫之に関しては、自分と同じく短歌の改革者としては認めています。古今集が成立した時代、漢詩文偏重の時代において、独自の短歌の様とスタイルを作り出していったことは、歴史的には認めざるをえなかったようです。古今集と紀貫之が悪いのではなく、そこから100年も1000年も脱却できない歌壇が悪いということを批判したかったのでしょう。

ニーチェ入門

ニーチェ入門 (ちくま新書)ニーチェ入門 (ちくま新書)
(1994/09)
竹田 青嗣

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★★★★★5
ニーチェの基礎知識がないとおいてけぼりをくらう箇所もちょこちょこと
ありましたが、とても重宝できる入門書だと思います。
2回ほど読みましたが、正直3回目読まないとつらい。

しかし、ツァラトストラの永劫回帰思想、超人思想にいたるまでの
ニーチェの歴史と思想の経緯をきちんと説明してくれているし、
ところどころで入れてくれる要点のまとめはすっきりしていて
頭の整理ができました。
ニーチェが批判したキリスト教も面白かったです。

ロボット21世紀

ロボット21世紀 (文春新書)ロボット21世紀 (文春新書)
(2001/07)
瀬名 秀明

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★★★★☆4
映画『2001年宇宙の旅』を読み解くために読んだのですが、
ちょうどHALに言及している章があって、個人的にグッジョブ。

ロボットという新たな生命に対する不安やとまどいは
私たちとは切っても切り離せないものなのだと思いました。
ロボットに心を認めるか?
人間としての尊厳をゆるがすような主題であると思います。

2001年宇宙の旅講義

『2001年宇宙の旅』講義 (平凡社新書)『2001年宇宙の旅』講義 (平凡社新書)
(2001/05)
巽 孝之

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★★☆☆☆2
キューブリックからのアプローチを期待していただけに
A.C.クラークが多かった本書は、あまり楽しめませんでした。
流し読みしかしてないです。

しかし、大江健三郎のやつはちょっと興味深かったので
機会があったらここだけでももう一度読み返したい。

南洋・樺太の日本文学

南洋・樺太の日本文学南洋・樺太の日本文学
(1994/12)
川村 湊

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 戦後の戦争責任という加害者の立場から、GHQの占領政策に甘んじた結果
原爆被災、東京大空襲などの被害者の立場に転じた日本にとって
植民地学は邪魔は存在であった。
 このGHQによる軍国主義放棄のために、日本では植民地学ないしは軍事学を発展させられず、
植民地=悪として、我々はそれについて語ったりすることすら悪と混同視し、
日本の近代文学史からは「植民地文学」の概念が抜けてしまった。

この本は、そんな背景のある「旧植民地文学」を、
戦前から戦後にかけて、北は樺太、北は南洋まで
もう一度見つめ直そうというものです。
やはり南洋諸島から中島敦の存在ははずせないみたいで、
彼については丸々1章分を使って書いてくれています。
しかしそれ以外も本当に興味深く、初めて知ることばかり。新鮮でした。

妙の宮

「妙の宮」 泉鏡花

山上の不思議な神社と噂の妙の宮に参詣しに来た少年仕官の話。
彼はふとした瞬間、児に時計をすられます。その児から時計を取り返そうとすると、

「危うき所に動かざるやう、堅く匂欄に結へ置きたる、燃立つ如き緋縮緬の扱帯の見えき。」

児は欄干に結わえ付けられて身動きがとれないようにしてありました。
扱帯(しごき)というのは女性の腰紐であります。
この扱帯という道具で母を暗喩させ、物語は突然終わるのです。

「妙の宮」は、人が来ない山中の社、4つや6町という不吉な数字、動物が逃げるように去る様子、そして無くなる時計、はっている児、というように、幻想的で超現実的な世界が舞台となっています。そしてお宮参り、山、昼に見れば紫の白い花、児、扱帯、いずれも母恋いを想像させるものではあります。
この山上のお宮を参るイコール母胎めぐりと解釈することは早計かもしれませんが、鏡花は数え年10歳のときに母を亡くしているため、その母を想う気持ちが作品にはあらわれていることは容易に想像できます。そしてその母を思う気持ちと同時に、この児を、鏡花自身と考えると、母が自分を欄干に縛り付けている、自由だと思っていた自分は、本当は身動きがとれていないのかもしれない、いつかこの母を殺して自立するときが来るかもしれないと、気づかされるある種の「出会い」がみられるかもしれません。

夜行巡査

「夜行巡査」 泉鏡花

「夜行巡査」は主人公の八田巡査が、その警察官としての職務のために、愛する女との恋路を阻む伯父をかばい、伯父が助かる代わりに自らが入水して果ててしまうという物語。

「後日社会は一般に八田巡査を仁なりと称せり。ああ果てし仁なりや、然も一人の彼が残忍過酷にして、恕すべき老車夫を懲罰し、憐れむべき母と子を厳責したりし尽瘁を、讃歎するもの無きはいかん」

この巡査はこれ以前に職務のために貧乏な車夫を怒鳴りつけたり、乞食の母子を追い立てたりと非情なこともしているため、この一見美談として映る八田の殉職は果たして「仁」であるのか、と作者の「官憲への憤り」が最後に示されて終わります。因習を打破すべしとでもいうような反逆精神、そして作者の切なる叫びが当時の民衆の支持を受けたのでしょう。この作品では作者の鏡花と、主人公の八田は分けられ、作者の描きたい疑問によって八田は「用意」され、その作者の「観念」の優位性がつよいから、観念小説とよばれるのかなー…?